ゲゲゲの鬼太郎 27話
鬼太郎27話。
① 6期はこの27話に限らず多様性をずっとテーマとしてきた。
② なお主人公である鬼太郎(=制作スタッフ)のスタンスはリベラル。
③ 今回、妖怪大戦争という節目の回で鬼太郎の理想論が初めて挫折した。
そういう文脈のもとにある回がこの27話なのね。
これが前提。
で、
④ 難民妖怪たちは民族浄化のトラウマを抱えており「なにがあったんだ?」と尋ねられてもガクブルで喋れなくなってしまう……という描写が作中にある(※ここ大事。引用元のブログが拾っていない)。
⑤ 難民妖怪が夜中に踊り騒ぐのは情緒不安定だから、という描写が作中にある(※ここ大事。引用元のブログが拾っていない)。回想シーンとしてわれわれ視聴者は民族浄化の描写を目撃し、難民妖怪に感情移入する。
⑥ 鬼太郎たちが「夜中に騒ぐのやめて」と遠慮がちにクレームを入れると、難民妖怪が狂ったように「ポリティカルコレクトネス! インクルージョン! ダイバーシティ!」と連呼を始める。それは④~⑤の流れを受けての異常行動であって、リベラルがキチガイだという描写では決してない。(※ここ大事。引用元のブログが拾っていない)。
『すると今までの謙虚な姿勢はどこにいったのか』じゃねっつのよ。難民妖怪が唐突に食ってかかってきたのは「彼らは平静ではない」という表現だっつの。つまり「日本の人権意識は中世止まり」かどうかなんてここでは語られていないっつの。だってここでのそれはただの悪口だもん。「おまえのかあちゃんデベソ」とイコールの使い方。
⑦ それでも鬼太郎は「話し合おう」と食いさがる。だがバックベアードの部下である狼男が攻めてきて話し合いは中断。いちどは戦わずして故郷から逃げた難民妖怪たちは、狼男に「腰抜け」と煽られ、無謀な特攻をしかけて全滅してしまう(彼らは平静じゃないって描写でしょ、これも)。
⑧ 狼男を撃退した後、鬼太郎は「もっと話し合えていれば解決できたかもしれない」と悔いる。
以上、これが27話の流れ。
「話し合っていればどうにかできたかもしれないのに民族浄化=戦争のせいで話し合える状態ではなかった」。そういうすれ違いの悲劇の話であり、「戦争をするバックベアード is 悪い」という流れにもきっちりなっている。
「問題視」したのは誰か?
そもそも。
実況民や放送直後のツイットを確認すると、このくだりはさほど「問題視」されていない。だって観りゃわかるから。むしろその後のバトルの良作画、バックベアードの登場で盛り上がっている。「問題視」されたのは保守速報が釣りタイトルでまとめたことがきっかけ。番組に興味もないし観てもいない連中が、いつもの、ためにする議論をしているだけなんだよなあ。(ここで引用元のブログを擁護しておくが、ブログ主は単語のつよさに目がくらんで話の文脈を見失っただけだろう)。
続けるよ。
この難民妖怪事件+狼男バトルの後には
⑨ 難民妖怪を救えなかったことの負い目からアニエスを受け入れる鬼太郎。だがアニエスはバックベアード軍の脱走兵なので、受け入れ=宣戦布告となる(※ここ大事。引用元のブログが拾っていない)。バックベアードが日本への侵攻を宣言。「妖怪大戦争だ!」で次週へ。
という流れがあり、27話は次回以降にテーマを持ち越していると思われ。
なお予告編ではゲゲゲの森が火の海にされている。
この話数だけでなにもかもを語るのは早漏すぎるわな(※ここ大事。引用元のブログでもきちんと拾ってる)
最後にひとつ。
亡くなった人を殴る棒に使うのはホントやめとけ。下品だし水木サンに失礼。
あ。ポリティカルコレクトネスを他者を殴る棒として使う現実世界の人間を揶揄する意図はスタッフにありましょうね確実に。でもポリティカルコレクトネスやインクルージョンやダイバーシティそのものは揶揄してないんじゃねえの?